〜飛行船から見下ろす世界の果て〜
【エルの手記】
修理が完成した小型飛行船のテスト飛行を兼ねて、日が落ちてから舫いを解き、夜の雲海へと舵を切った。
水絹で繕った帆は、思っていたよりずっと素直に風をはらんだ。舵輪を少し回すと、船はすぐに応えてくれる。……ちゃんと直ったんだ、と、そこではじめて思えた。
地上の夜空は、ナイアスの星流夜(夏祭り)よりも静かで、何万もの本物の星々がダイヤモンドのように冷たく輝いている。
ピクシスはいつのまにか高い帆綱の上にのぼって、器用に釣り合いをとりながら空を見上げていた。流れ星がひとつ、尾を引いて過ぎていく。願いをかける間もなかった。
船首に立つダフネの横顔を、星の光が優しく照らしていた。あいつは集音器を耳に当てたまま、しばらく何も言わなかった。ここには水の音がない。風の音と、帆の鳴る音だけだ。
「エル、見て……」ダフネが雲海の底を指さした。
果てしなく広がる暗い雲の海の、ほんの一箇所の切れ目から、ずーっと遥か底のほうに、ぼんやりとエメラルドグリーンに光る「小さな小さなガラスの球体」が見えた。
「あそこが、私の育ったナイアス……」
あんなに巨大に見えた魔法ドームが、この広大な地上から見下ろすと、まるで雲の海に落ちたひとしずくのように、小さく儚く輝いていた。
俺たちは毛布にくるまって甲板に並んで座り、空から黒さが抜けるまで、どちらもあまり喋らなかった。やがて雲のふちが金色に変わり、小さな飛行船は夜明けのなかへ進んでいった。